~京都観光事業者インタビュー~
旅館「日昇別荘」

UPDATE :
2021. 03. 31

SUMMARY

江戸後期、230年以上前から残る建築を生かした京都・三条富小路の旅館「日昇別荘」。この場所を両親から受け継ぎ、約20年間女将として守ってきた田中美岐さんは、自館の経営のみならず、2019年度からは全旅連女性経営者の会の会長も務めている。京都という地域、そして旅館業界全体を俯瞰する視点から、京都観光モラルについて考えを伺った。

旅館と地域が一体となったまちづくりを考えたい

田中さんが会長を務める全旅連女性経営者の会では、2020年10月に新潟県で勉強会を開催。その際、2020年に「人に優しい地域の宿づくり賞」厚生労働大臣賞(最優秀賞)を受賞した新潟県新発田市の月岡温泉街を視察し、大いに刺激を受けたと語る。

 

「シャッター街となりつつあった温泉街の空き物件を利用して、地酒を試飲できる店や煎餅焼き体験の店などを次々とオープンし、エリア全体が活気づいていました。次世代として旅館を担う若女将さんや若旦那さんが地域と協力してまちづくりを進めている姿を見て、こういう新しい考え方は素晴らしいなと思いました」

 旅館と地域が一体となったまちづくりに感銘を受け、地元でも何かできないかと思いを巡らせているという。

 「この近辺で言うと姉小路通の界隈は、毎年灯りのイベントを開催するなどまちづくりの取り組みが進んでいます。日昇別荘がある三条通でも、お正月の餅つきや夏の花火といったイベントを行い、自治会の活動が少しずつ軌道に乗り始めています」

 「最近は近隣にマンションが増え、近隣住民と接する機会が少なくなってきています。マンションの管理者やオーナーが自治会に参加していただいてはいるものの、もう一歩踏み込んで住民の方々も含めたお付き合いの輪ができれば」と語る田中さん。そのきっかけの一つとして、京都の伝統行事である地蔵盆をもっと盛り上げられないかと考えている。

「私が子どもの頃の地蔵盆は、近所のおじさんおばさんにお菓子をもらったり、無病息災を願う数珠回しをしたりしていました。厄年を迎える地域の同年者が集まって、厄払いとして子どもたちにお菓子を配るという習わしもありますね。私の息子が厄年の時に、同級生たちが久しぶりに集まっている様子を見て、良い風習だなと実感しました」

 こうした昔ながらの地蔵盆をもっと盛り上げて定着させていけば、地域コミュニティの活性化につながるのではないかと、地元への思いを語った。

環境保全や感染症対策に工夫を凝らす

京都観光モラルにもある地域コミュニティへの貢献について考えを巡らせている田中さんに、他の項目についても話を伺った。まずは環境の保全、特にリサイクルの取り組みについて尋ねると、「可能なものはすべて回収してリサイクルや寄付に回しています」と即答。ペットボトルやキャップをはじめ、古切手、割り箸、タオルなど次々と例を挙げてくれた。

 「一つひとつは小さなことですが、捨てるよりは少しでも人の役に立てたいと力を入れて取り組んでいます。旅館を継ぐ前は20年ほど主婦業をしていたので、やっぱりもったいないという気持ちがあるのかもしれません。当時住んでいた地域では分別やリサイクルがかなり進んでいたこともあって意識が高まりました」

 さらに、京都観光モラルにも含まれ、旅館業界にとって直近の課題でもある感染症対策についても話を聞いた。

 「お客さまのキャリーバッグを消毒できるよう玄関マットに消毒液を含ませる、履物をお預かりする下駄箱にオゾン殺菌を完備するなど、様々な対策を行っています。お食事中の会話の際に使えるよう、当館オリジナルの『お口カバー』も作成しました」

お口カバーには、女将自ら描いたという人気キャラクターの挿絵も。利用客の大半を占める修学旅行生に使ってもらいやすいようにと工夫を凝らして歩み寄る姿勢が印象的だ。

京都の文化を次の世代に伝えるために

これまで多くの修学旅行生を受け入れてきた日昇別荘。全国から訪れる生徒たちに京都の文化を伝えるため、何か心掛けていることはあるのだろうか。

 「できるだけ京ことばで話すようにしています。玄関で『おこしやす』とお迎えするだけで、きゃーっと歓声が上がるくらい喜んでくれるんです。だから一言二言でも京ことばを使うよう意識して接しています」

 料理を運ぶ際に懐石やおばんざいについて話してほしいと、学校側から依頼される場合もあるという。

 「小難しい話ではなく、一汁三菜の文化など生活に近いことをお話するよう心掛けています。最近はフォークやナイフを使う機会が増え、お箸の使い方やマナーをよく知らない生徒さんも多いですが、京都に泊まることが日本の文化にふれるきっかけになればいいですね」

また、コロナ禍で修学旅行生が減っている今、新たに考えていることがあると語る。

 「遠くに出かけにくい今だからこそ、地元の人にも泊まってほしいんです。たとえば、小・中学校の課外学習として、京都の旅館に泊まったりおばんざいを食べたりして、京都の文化を知る勉強会をしてはどうかと考えています。住んでいる人にもっと京都を知ってもらいたいですね」

 話すうちに新しいアイデアが次々と湧き上がってくるように見える田中さん。日昇別荘だけでなく旅館業全体、そして地域全体を俯瞰して見つめているからこそ豊かな発想が生まれてくるのだろう。田中さんの視点の持ち方は、持続可能な京都観光を考える上で同業者はもちろん他業者にとっても大きなヒントになりそうだ。

京都観光行動基準(京都観光モラル)について

京都市及び公益社団法人京都市観光協会(DMO KYOTO)では、持続可能な観光をこれまで以上に進めていくために、「京都観光行動基準(京都観光モラル)~京都が京都であり続けるために、観光事業者・従事者等、観光客、市民の皆様とともに大切にしていきたいこと~」を策定いたしました。今後、京都観光に関わる全ての皆様が、お互いを尊重しながら、持続可能な京都観光を、ともに創りあげていくことを目指しております。

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