インバウンド需要の追い風もあり、一年を通して観光客で賑わってきた近年の京都。しかし、一部の観光地の過剰な混雑、文化や習慣の違いによるマナー違反など、新たな問題も生じていた。祖父の代から受け継いだ店を長年切り盛りしてきた「京料理 畑かく」の店主・新造一夫さんも、近年の京都観光に対して疑問を抱いていたと語る。
「多くの方が京都を訪れてくださっていましたが、観光客の数に頼りすぎているという感覚があり、このままでは京都が京都でなくなってしまうのではないかと危機感を覚えていました」
そんな中、新型コロナウイルスの世界的流行が始まり、観光需要は激減。外国人観光客だけでなく国内の需要も著しく減少し、特に首都圏から訪れる人が減ったことによる影響が大きかったと語る新造さん。これまで首都圏からの観光客が大半を占めていたことを実感し、外から京都を訪れる人がどんなところに魅力を感じているのか、改めて考えてみるきっかけになったという。
「昔から京都の料理屋は、顔合わせや結納、婚礼、子どもができたらお宮参りやお食い初めなど、冠婚葬祭や家族の集まりで利用する地元の人たちに支えられてきました。だから本来は、京都の人が通う店であり、京都の人が食べてきた味なんです。そんな京都の文化を体験することが、外から訪れる人たちにとっての魅力ではないかと思います」
「京都には京都の風(ふう)があり、料理屋の一軒一軒にその店の風(ふう)がある。それを体験できるのが京都の魅力」。風(ふう)、つまり歴史の中で培われてきた文化や風習、スタイルが守られているからこそ魅力があり、この魅力を守っていくことが大切だと語る。
新造さんが考えるもう一つの京都の魅力は「古いもの」。重要文化財などは地元の人よりも外から訪れる人のほうが詳しいことが多いと笑う。「たとえば雪が降った日、お客さまに『今日は雪の金閣寺が見れますね』と言うと『いや、前にもう見ました』とおっしゃる。でも京都の人はほぼ見たことがないんですよね。僕なんて1回しか行ったことがないから」
多くの観光客が訪れる貴重な文化財でも、京都で生まれ育った人にとってはずっと当たり前のようにある身近な存在。だからこそ「今生きている世代が一時的に預かっているものだと考えて、次の世代のためにちゃんと維持していかないと」と語る。
外から訪れる人にとって京都の魅力とは何か。新造さんのように掘り下げて理解を深めていくことは、京都観光モラルの「京都の歴史や文化を生かした質の高いサービス」「環境・景観の保全」を考えるための一歩となりそうだ。
京都観光モラルの項目の一つである災害対応についても話を聞くと、「消防や耐震に関する法律に準じて建物の改修を行っています」と新造さん。
「調理場は耐火構造にするため鉄筋に作り変えました。ただし数寄屋造りの風情を残すため、お客さまが食事をされる部屋はできるかぎり木造のまま残しています」
感染症対策についても、業界団体で自主的に感染防止対策取組店を示すマークを作って掲示するなど、行政と業界が連携しながら取り組んでいる。災害や感染症への対策を徹底する理由は、「命を預かっていると言うと少し仰々しいけれど、やっぱりお客さまあっての商売だから。常にお客さまのほうを向いて考えないと」と語る。
また畑かくでは、お客さま目線の取り組みだけでなく地域社会への貢献にも力を入れている。京都市内の日本料理店や調理学校関係者らが2004年に日本料理アカデミーを設立し、推進してきた食育活動。その一環として、地元の小学校で食育の授業を行い、子どもたちに京都の出汁文化を伝える活動を始めたという。
「子どもたちの目の前で、鰹節と昆布を使って出汁をとり、実際に飲んでもらいます。出汁をとっている間に、京都の出汁がどうやって生まれたのか、歴史や文化について話をします。出汁を使って一緒にだし巻きを作る授業をしたこともありますね」
こうした食育活動は好評で、各所から依頼が絶えないという。子どもたちに食文化を伝える取り組みは、京都の歴史や文化、魅力を後世に残し守っていくことにもつながっている。また、これまで地元の人々に支えられてきた料理屋だからこそ、地元の子どもたちに知ってもらうことは店の将来にも結びつくのだろう。
最後に新造さんは、京都観光モラルについて「初めてこの内容を見た時、京都観光が変わろうとしていると感じてうれしかった。この先、持続可能な観光を目指していくためには、京都の魅力を維持していくことが大切」と語ってくれた。その言葉から、京都観光モラルの項目に沿った取り組みをこれまでも自然に行動に移してきた新造さんの根底にある、持続可能な京都観光への思いを改めて感じることができた。
京都市及び公益社団法人京都市観光協会(DMO KYOTO)では、持続可能な観光をこれまで以上に進めていくために、「京都観光行動基準(京都観光モラル)~京都が京都であり続けるために、観光事業者・従事者等、観光客、市民の皆様とともに大切にしていきたいこと~」を策定いたしました。今後、京都観光に関わる全ての皆様が、お互いを尊重しながら、持続可能な京都観光を、ともに創りあげていくことを目指しております。
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