中国との往来再開から1年半 マカオのインバウンド事情

UPDATE :
2022. 03. 31

SUMMARY

コロナ禍におけるのマカオへのインバウンドは回復途上にあるものの、本格的な回復には時間を要する。消費動向に関しては、地域性のある商品の売れ行きが比較的好調である。国際会議などの対面での参加人数は、リモート参加が普及したことで伸び悩んでいる。2022年のインバウンドは、2019年の半分弱程度という見通しであるが、新規ホテルへの投資は続いている。

はじめに

「ゼロ・コロナ」政策を貫く中国、中国本土外への観光目的かつ隔離無しでの往来は、マカオのみに限られている。香港と中国本土との間でさえ、隔離無しの往来が実現していない状況にあり、中国からの訪日や海外旅行の再開時期について全く見通しが立たない。

その中でマカオは、中国本土との観光目的、隔離無しでの往来を、2020年9月23日から解禁、現在も中断されること無く往来が続いている。再開直後のマカオのインバウンド事情について、本コラムでもご紹介しているが(『マカオに見るインバウンド再開後の変化 -消費単価とターゲティング』 2020年12月25日掲載)、再開から1年半が経過した現状について、本稿でアップデートしていきたい。

マカオ政府観光局が発表している統計データを用い、主にコロナ禍においてのマカオへのインバウンドの推移、宿泊施設の稼働と客室単価の推移、旅行者の消費動向、MICEの開催状況、カジノ事情についてご紹介したい。再開への期待が高い訪日インバウンドについて、マカオの事例がそのまま日本でも起こるとは限らないが、遠くない将来について先行事例として参考にしていただければ幸いである。

マカオのインバウンド事情

2021年末時点でのマカオの総人口は68.32万人、前回のコラム執筆時点から統計上100人増加した。面積は約33平方キロと、京都市内との比較で、上京、中京、下京、東山区の合計面積(約29平方キロ)に近い。同4区の人口は約32万人(平成27年国勢調査)であるので、マカオの人口密度はほぼ倍となる。面積が限られることから、国内観光はほぼ見込めず、観光業界はインバウンドに立脚している。

2019年のマカオ訪問者数は約3,900万人、そのうち7割が中国本土からと、中国本土への依存度が高い。そして、2021年の通年での来訪者数は約771万人と19年比で8割減であった(図表1 出所: マカオ政府観光局)。JNTOによる訪日外客数の統計によると、日本へのインバウンドは19年比で99.2%減、日本と比較すると、マカオへのインバウンドは回復途上にあると言えるだろう。

その減少率の相対的な低さを支えているのが、中国本土からマカオへのインバウンドで、2021年は約705万人、2019年の「訪日」中国人数の約959万人と比べても、その人数の多さがお分かりいただけるだろう。

図表1 訪マカオ地域/国籍別入国者数

図表1 訪マカオ地域/国籍別入国者数 出所: マカオ政府観光局

コロナ禍での中国本後からのマカオ訪問者数の推移

コロナ禍による海外との移動の制約、特に中国と同様の「ゼロ・コロナ政策」を採用するマカオは、マカオ入国時の強制隔離措置等、極めて厳しい水際対策を行っている。その中で、中国本土との間では、2020年7月に一部の省から、そして同9月からは省を問わず、中国本土全体からの観光目的での隔離無しでの受入を再開した。

結果として、マカオのインバウンドに占める中国本土の割合は、コロナ前の7割から、2020年は8割、2021年は9割までに拡大している。

マカオへの訪問者の月別の推移(図表2 出所: マカオ政府観光局)を見てみると、2020年9月以降増加の増加が2021年まで続いている。2021年の旧正月は2月、例年観光業界にとってはかき入れ時となるが、2021年の旧正月は中国政府が「地元で過ごすよう」促したため、マカオへの渡航にブレーキがかけられる形となった。その後7月までは順調に推移したが、8月以降、マカオや中国本土の一部での一時的な感染拡大により、中国本土に戻る際の隔離が拡大地域で適用されるなど、マカオへの中国本土からの訪問者数は右肩上がりとなっていない。

図表2 中国本土からの月別マカオ訪問者数推移

図表2 中国本土からの月別マカオ訪問者数推移 出所: マカオ政府観光局

このマカオの訪問者数の推移が示唆するものは、日本のインバウンド再開時期において、

感染症対策が比較的厳しい国、地域からの訪日は、送り出し側の感染状況により、出国や帰国時における制限や自粛が影響し、訪日人数の大幅な伸びにはつながらない

ということである。

ホテル客室稼働率とRevPAR

マカオにおける、「インバウンドの部分的再開」を受け、観光業界への経済効果はどうなっているだろうか。宿泊施設について、2021年通年でのマカオのホテル全体の客室稼働率は、ちょうど50.0%と20年比で21.4ポイントの増加となった。なお、19年の稼働率は90.8%である。

更に詳しく、経営指標となる客室の平均単価(ADR)、稼働率(OCC)、この2項目をかけ合わせたRevPARの推移を見ていきたい(図表3 出所: マカオ政府観光局統計)。図表3の数値は、ADRを公表しているマカオホテル協会加盟の3-5つ星ホテル40施設のデータで、前述の2021年の客室稼働率50.0%の母数とは異なることに留意いただきたい。また、図表内の色分けは、赤色が濃いほど横軸(月別)での数値が良いもの(高単価、高稼働)、青色が濃いほど数値が悪いことを示している。

2020年9月からの中国本土との往来再開により、稼働率、単価ともに回復傾向を示し、2021年5月には単価、稼働ともコロナ禍における最高を記録した。RevPARでも9,000円台まで回復している。その後中国本土での一時的な感染拡大により、8月以降また指標が低下している。

図表3 マカオホテル協会加盟3-5つ星ホテル40施設の営業指標

図表3 マカオホテル協会加盟3-5つ星ホテル40施設の営業指標 出所: マカオ政府観光局統計を元に筆者作成
平均客室単価を公表、集計しているマカオホテル協会所属のホテルを対象としたモノで、マカオ全体の客室稼働率とは異なることに留意
1パタカ=14.5円で計算

その結果として、中国本土との往来再開後という条件で、比較可能な第4四半期のRevPARを見てみると(図表4 出所: マカオ政府観光局統計)、再開直後の2020年と1年経過した2021年の数値に変化が無いことが分かる。客室単価の場合でも(図表3)、2021年と2020年を比較すると、2021年12月が前年をかろうじて上回った(2021年12,980円、2020年12,885円)だけであり、単価を上げられていない苦しい事情が続いていることが分かる。

なお、2021年12月末現在、マカオで営業中のホテル数は前年同時期から1軒減の118軒(コロナ禍により一時休業中、政隔離検疫用に政府が借り上げている施設を除く)、供給客室数は10.3%増の3.87万室であった。うち5つ星ホテルは横ばいで34軒、供給客室数は全体の63.3%を占める2.45万室である。

図表4 マカオホテル協会加盟3-5つ星ホテル40施設の営業指標

図表4 マカオホテル協会加盟3-5つ星ホテル40施設の営業指標
出所: マカオ政府観光局統計を元に筆者作成、1パタカ=14.5円で計算

このマカオの宿泊施設の経営指標の推移が示唆するものは、日本のインバウンド再開時期において、

  • 宿泊業界の収益は感染拡大や制限に大きく影響を受け、RevPARの回復には時間を要する
  • 稼働率は上がっているものの、1年後でも客室単価は上がらず(上げられず?)、施設間での競争が続く

ということである。

旅行消費額 

マカオ訪問者の旅行消費額について、2021年第4四半期(10-12月)までのものが発表されている。中国本土との往来が本格的に再開された2020年の第4四半期と、2021年の同期について比較してみていきたい。なお、マカオ政府観光局の旅行消費の統計では、ギャンブル消費について分類、計上されていない。

来訪者1人当たりの総消費額は、2021年は46,908円、2020年の45,371円から増加、コロナ禍前の2019年は25,593円であったことから、旅行時における消費意欲はコロナ禍により大きく増加したことが分かる。

また、費目別消費額では(図表5 出所: マカオ政府観光局)、前項での宿泊の単価が低迷しているデータを裏付けるように、2021年第4四半期は2020年第4四半期から減少している。買物や飲食は2019年と比較しても増加しており、小売り、飲食業界はコロナ禍からのインバウンド再開時に恩恵を比較的受けやすいことが分かる。越境ECや中国国内でのオンライン通販等で入手できるものが増えているとはいえ、「旅行先」という非日常における購入体験や現地だからこその食事等へのニーズはより高まっているとも言い換えられるだろう。

図表5 一人当たり費目別消費額(第4四半期比較)

図表5 一人当たり費目別消費額(第4四半期比較)
出所: マカオ政府観光局
1パタカ=14.5円で計算

次に買物に焦点を当て、品目別の1人当たり購入額を見ていきたい(図表6 出所: マカオ政府観光局)。2019年との比較では、コロナ禍においてはいずれの品目でも購入額が増加している。コロナ禍における移動の制限から、中国本土から海外への観光目的での渡航は現実的では無く、渡航可能であるマカオでの買物消費の増大につながったと考えられる。

品目別では、衣料品や化粧品といった地域性がそれほど出ないものの購入額が2021年第4四半期では減少に転じている。20年比で増加が顕著なものが菓子、食品で、「地域性があるもの」という特性で、旅行先での消費拡大につながっているのではないだろうか。

図表6 一人当たり品目別総購入額(第4四半期比較)

図表6 一人当たり品目別総購入額(第4四半期比較)
出所: マカオ政府観光局
1パタカ=14.5円で計算

このマカオの消費額の推移が示唆するものは、日本のインバウンド再開時期において、

  • 宿泊業界の収益は感染拡大や制限に大きく影響を受け、各種営業指標の回復には時間を要する
  • 小売りにおいては、越境ECやオンラインで購入可能かつ地域性が出ないものよりも、オンライン等で購入可能でも、地域性が出るものの消費拡大が継続する
  • 飲食需要も拡大傾向が続き、地域性があるもの、現地でしか食べられないものが好まれる

ということである。

MICEへの影響

コロナ禍におけるMICEへの影響を見てみたい。こちらも往来再開後を比較できる第4四半期(10-12月)について、2019年から2021年のデータを比較している(図表7 出所: マカオ政府観光局 )。

図表7 MICE開催件数と参加者数(第4四半期比較)
出所: マカオ政府観光局

まず明るい話題として、2020年には誘致できていなかったインセンティブ旅行(報奨旅行)が、2021年は3団体565人の来訪が確認された。

MICEの開催数では2020年からいずれも増加、参加人数では、MとCの会議、学会、国際会議等で参加人数が減少している。対面とオンラインのハイブリッド開催が増加し、オンラインでの参加が増え、現地での参加人数が減少していると考えられる。

Eの展示会、見本市について参加人数は、2020年のみならず2019年よりも増加している。こちらもハイブリッド化の試みはあると考えられるが、実際の賞品やサービスに触れて、体験してという観点から、対面での参加が重視されていると考えられる。また、マカオ人の海外旅行も制約があることから、国内レジャーとしての展示会訪問需要も、参加人数増加に寄与しているだろう。

このマカオのMICE開催件数と人数の推移が示唆するものは、日本のインバウンド再開時期において、

  • 開催件数については年々回復する一方で、MやCの分野での「参加人数」は、ハイブリッド開催等の影響により、対面での参加人数の伸びは限定的
  • 企業インセンティブ旅行需要は、往来再開直後の回復は難しい一方で、19年の8団体に対し21年には3団体までに回復、需要は底堅い

ということである。

カジノの状況

前述の通り、マカオ政府観光局の旅行消費額の統計では、ギャンブル消費が含まれていない。ギャンブルは中国本土からの訪問者を含め、その他の国からのマカオ訪問者の目的の一つともなっている。

マカオ政府カジノ管理局の統計によると、マカオ政府がカジノ事業者への課税の根拠とする「カジノ粗利益」(Gross Gaming Revenue, GGR)は、2021年は約1兆3千億円と、2019年比で7割の減少であった(図表8 出所: マカオ政府カジノ管理局)。

図表8

図表8 カジノ粗利益推移
出所: マカオ政府カジノ管理局

マカオへの訪問者数が2021年は同8割減であったことと比較すると、カジノの収益は「まだましだった」と評価できるだろう。少ない人数で多くの金額を上げていることから、一人当たりの単価が上がったと言い換えられる。

また、注目いただきたいのが図表8の下部2行である。これらは、マカオ政府によるカジノからの税収に関して、年度当初に公表しているもので、マカオへのインバウンドの回復の見通しを示す数字とほぼ同義と考えることが出来るだろう。2021年の当初の見込みでは、1兆9千億円の課税対象額を見込んでいたが、実際は1兆3千億円にとどまった。

2021年の結果を踏まえ、マカオ政府では2022年の見込みを2021年当初と同額に設定しており、マカオへのインバウンド回復が一朝一夕では無いことを示唆している。2022年の見込み額は2019年比では55.5%減であり、2022年のマカオ訪問者数について、2019年から半分弱の回復と見込んでいると考えられる。

最後に

本稿では、中国とマカオという特殊な関係性の中での、インバウンド再開に関する考察であったが、日本のインバウンドにおいて、人数、総消費額ベースで最もお得意さまであった中国について、コロナ後の動きについて、少しでも役立ちそうな情報をお届けできただろうか。

中国本土からマカオへの観光目的、隔離無しでの往来は、全面再開から1年半が経過した。ただし、中国の「ゼロ・コロナ政策」により、一時的にも感染が確認された地域では、マカオ訪問への制限や、マカオ側での感染発生に際しても制限がかかるなど、送客側である中国の規制に左右される。結果として、訪問者数は当初の期待通りには行かず、2021年のマカオ訪問者数はコロナ禍前の20%の水準にとどまった。

訪問者の消費額について、2021年第4四半期と2020年同期の比較で83.3%増と、消費意欲の増大は明るい材料である。費目別で、買物が183.3%増と3倍近い増加、飲食も39.1%増と、小売り、飲食業界においては、インバウンド再開後は早急な効果が出てくるだろう。一方で、宿泊費は、消費額ベースでも24.4%減、RevPARベースでは64.6%減(いずれも第4四半期で比較)と、宿泊業界の経営環境は厳しい時期が続くと考えられる。

苦境が続くマカオの宿泊業界であるが、投資意欲は衰えておらず、将来的な需要拡大が見込まれている。マカオ政府土地工務運輸局によると、2022年2月の発表時点で、15軒6,207室分が建設中、19軒1,867室が設計段階にあるという。建設中の客室数だけでも、2020年12月末時点の客室供給数387,000室の16%に当たり、設計中のものも含めすべて完成すると、46,700室と現在の1.3倍の客室数となる見込みだ。

京都に目を移すと、2021年通年の客室稼働率は31.1%、平均客室単価は11,226円、RevPARは3,490円と、19年比で72.6%減(RevPAR)と厳しい状況が続いている。2021年12月単月での比較になるが、STRのデータによると、隔離無しでの海外との往来を加速させているニューヨーク、パリ等の欧米の都市では、回復が鮮明となっており、パリのRevPARは19年同月を5.9%上回っている。ニューヨークのRevPARも約2万5千円、2019年比15.4%減と、金額ベースでも京都の3倍近い収益となっている。

筆書の個人的な見解であるが、国内旅行需要だけでは限界があり、日本も早急にインバウンドを再開し、宿泊、運輸、旅行業界の経営環境の改善を図る必要があると考える。業界をあげてインバウンド再開への声を大きくしていくとともに、多様性の担保や持続可能な経済発展の観点から、インバウンドの重要性に関して、住民理解の向上が欠かせない。

PROFILE

プロフィール

清水 泰正 しみず やすまさ

京都市観光協会アドバイザー Japan Tourism Research & Consultancy Limited

14年間の日本政府観光局(JNTO)勤務を経て、インバウンドに関する戦略コンサルタントとして独立
シンガポール、香港での計9年間の駐在を通じ、マーケットインの視点での誘客、データに基づく分析力を磨く
Japan Tourism Research & Consultancy Limited社 代表取締役、(社)日本フォトウェディング協会顧問

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