山鉾の説明

承久3年、後鳥羽天皇は朝威回復をはかられ、城南離宮での流鏑馬(やぶさめ)に託して近畿十余国の武士を召されました。 この列は狩装束の射手の武士を中心とした5組をあらわしています。

射手武士

射手武士

城南やぶさめ列

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