行列のあらまし

行列の順序は新しい時代の明治維新から順次古い時代に遡って延暦時代に至り、最後に御鳳輦の神幸列、及び弓箭組列の順で編成されています。

維新勤王隊列

明治維新時代

維新に際して、幕臣が東北地方で反乱したとき、丹波北桑田郡山国村(現在・右京区京北)の有志が山国隊を組織して官軍に加勢しました。

維新志士列

明治維新時代

桂小五郎、西郷吉之助、坂本龍馬、中岡慎太郎、高杉晋作等幕末の知識階級の武士で、 明治維新はこの人たちの働きによって基礎が築かれたのです。

徳川城使上洛列

江戸時代

徳川幕府は大礼、年始等の際には必ず城使を上洛させ、皇室に対して礼を厚くしました。

江戸時代婦人列

江戸時代

和宮をはじめ蓮月、中村内蔵助妻、玉瀾、お梶、 吉野太夫、出雲阿国がつづきます。

豊公参朝列

安土・桃山時代

豊公の参朝のうち慶長元年五月秀頼初参内、同2年9月元服の時などは最も盛んであったと伝えられます。

織田公上洛列

安土・桃山時代

応仁乱後、京都は衰退その極に達していましたが、永禄11年織田信長はお召しに応じて兵を率いて上洛し、その復興につくしました。

室町幕府執政列

室町時代

武家風俗を中心とするもので、足利将軍を中心とした当時の武士の軽武装姿を表現している。

室町洛中風俗列

室町時代

十六世紀、室町時代後半に経済力を蓄積した京の町衆によって盛んに催された風流踊りを再現したもの。

楠公上洛列

吉野時代

元弘3年、後醍醐天皇が隠岐から還幸された際、楠木正成は一族郎党を率いて鳳輦を兵庫に迎え、先駆として上洛しました。

中世婦人列

吉野時代

大原女、桂女、淀君、藤原為家の室、静御前。これらの行列が、それぞれ特徴のあるこの時代の風俗を示しています。

城南やぶさめ列

鎌倉時代

承久3年、後鳥羽天皇は朝威回復をはかられ、城南離宮での流鏑馬(やぶさめ)に託して近畿十余国の武士を召されました。

藤原公卿参朝列

藤原時代

平安中期以後、藤原氏の盛時における文武両様の姿をあらわしたもの。これは夏の様式で文様、形式等いずれも当代のものによっています。

平安時代婦人列

平安時代

巴御前、横笛、常盤御前、清少納言と紫式部、紀貫之の娘、小野小町、和気広虫。

延暦武官行進列

延暦時代

本列に大将に当る者は征夷大将軍坂上田村麻呂を擬したものです。

延暦文官参朝列

延暦時代

織物の垂りなどをつけた傘と棒ふりばやしが巡行する古い鉾の形態である傘鉾の一つで、 応仁の乱以前に起源をもち、傘の上には御幣と若松を飾る。

神饌講社列

この列は時代祭当日の神饌物を奉献する役を勤仕する者の行列です。

前列

神幸列に前行する故に前列といわれます。雅楽の伶人、迦陵頻伽(がりょうびんが)胡蝶等優美な行列で、 また多数の狩衣姿の供奉もあります。

神幸列

御賢木(おんさかき)を先頭に、御鳳輩を中心とする神幸の本列です。 全各行列は、この御神祭におともをして行進するわけで、本行列中、主たる意義をもつ列です。

白川女献花列

比叡山を源に発する白川の流域に住み、季節の花を売り歩くのを業とする女性が白川女で、その歴史は古く、平安時代中頃から御所に花を届けていたともいわれている。

弓箭組

丹波国南桑田、船井両郡には、源頼政に従って弓箭の術を究めた者が多く、その子孫も平素弓箭組を組織していました。